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ららぽーとにて2013/01/30 13:11

今日はクルマでららぽーとへ。
本来ならロードバイクで行くつもりだったのですが
サイクルジャージの洗濯を忘れていたのです・・・がっくり。

ららぽーとに到着したのは10時半頃。
平日は空いてるなー。人影が無いっす。

とりあえずいつもお世話になっているセオサイクル(公式ブログ)へ。
最近点検してもらってなかったのでしっかり点検してもらった。
お客さんもいないしバッチリやってもらったのさ~。

点検終わってから店長さんに
「しんぼさーん、随分日焼けしてきましたね~」と言われた。

・・・え、日焼け?・・・俺?

戸惑っていると店長さんが「自転車が・・・ですよ~」と言った。


毎日目にしているオイラには初めは良くわからなかったけど
よーーーく自転車を見てみると確かに白い部分が焼けた感じに・・・み・え・た!!!

トップチューブの白い部分が良く見るとたばこのヤニにやられたような
ちょっと黄ばんで見えた。

今のロードバイクを購入してから丸2年。
色んな所を走ったし色んな環境で走ったから仕方ないと言えば仕方ない。
・・・でもショックはショックだなぁ。


2年も超デブなオイラに付き合ってくれている愛車だ。
これからもトコトン付き合ってもらおう。これからもトコトン手入れしてあげよう。
頼むぞ、PINARELLO QUATTRO~♪

お腹が減ってきた。
先日ららぽーとから500円分の食事券が送られてきたので
どこかの店で昼飯にするつもりだった。

久しぶりに「JOE'S SHANGHAI」へ行ってみると閉店していた。(↑写真)

場所も悪くないのに潰れちゃうなんて・・・。
ここのチャーハン好きだったんだけどなー。

結局、「上海柿安(お店サイト)」で中華バイキング。(↑写真)
ガッツリ食べ過ぎたぜ~♪ここの唐揚げメチャ美味いぜ~♪
多分2000キロカロリーは食べていると思う。
(累計2000キロカロリー)

ガッツリメシを食べた後は時計屋さんへ(お店ブログ)。
使っている時計のベルトを変えてみようと思ったのです。

メタルのベルトからクロコのベルトに変更です。
2月3日にベルト交換となりました。
色は・・・当日のお楽しみです。

インパクト十分で派手な色にしてみました♪
新しい時計を買ったくらいのインパクトが・・・楽しみじゃ。

さ~て部屋に帰るとしますか~。

時計屋さんで貰った卓上カレンダー。

毎月ブライトリングの時計・・・なカレンダーなのだ。
机に飾ってみた。いい感じ♪

今夜から夜勤だ。
仮眠する前にチューハイとツマミ。

氷結果汁グレープフルーツ500ml×2缶=530キロカロリー
春日井・いかピーナ501×2袋=1002キロカロリー
トータルで1532キロカロリー
(一日総摂取カロリー3532キロカロリー)

ここから一気に仮眠するぞ~・・・zzz。


さらば、アンカツ。2013/01/30 21:18

夜起きてネットを見てビックリ!


・・・アンカツ引退。



アンカツとは現・JRA騎手の安藤勝己騎手の事である。

かつては公営・笠松競馬場のトップジョッキーで名を馳せ、
2003年からJRAの騎手として活躍し
地方・中央通算で4464勝を挙げた名騎手である。



・・・名騎手にしてパイオニア。


日本競馬史上に名を残すであろう偉人であると私は断言する。


パイオニアと言えば
サッカーで言えば三浦カズ、
野球で言えば野茂英雄などの名前が浮かぶが

競馬界では方向性などは大きく違うが
岡部幸雄に並ぶパイオニアであろうと思っている。


岡部幸雄の場合、アメリカ競馬の影響を受け
騎乗フォームやスタイルに加えて、特定の厩舎や馬主に
拘束されないフリーランス騎手の先駆けになったり海外競馬への
遠征など日本の競馬に大きな変化をもたらしたパイオニアだ。


アンカツは地方から中央への騎手移籍の道を開いたパイオニアだ。
そして日本競馬における地方競馬の存在感を高めた人でもある。
更に中央と地方競馬の垣根を破壊した人でもあった。



安藤勝己は地方競馬の騎手時代に
JRA主催の地方・中央交流戦においてJRAの馬や騎手相手に
闘いを続け地方競馬の存在感をこれまで以上に高めた。


そしてアンカツは中央競馬の騎手になるべく
2001年にJRAの騎手試験に挑戦した。
アンカツの騎手試験受験は当時ニュースにもなった。


結果的にこの年の騎手試験は不合格になってしまうが
この積極的且つ貪欲な姿勢は当時競馬メディアや
多くの競馬ファンに大きな反響を呼んだ。


「地方とは言えこれだけの実績がある騎手を
学科試験で不合格にするとは何事か・・・!」
(騎手試験は学科試験が難問との事)


これらの反響はJRAを動かし翌年の試験から
過去5年間に中央競馬で一定条件をクリアした地方所属騎手は
難関の学科試験が免除になるルールが出来たのだ。
(このルールは「アンカツルール」とも呼ばれるようになる)

アンカツの貪欲な行動がJRAのルールすら変えてしまった・・・


これにより安藤勝己は翌年の試験で見事に合格。
その後、このルールにより岩田康誠や内田博幸などの
当時地方でトップクラスのジョッキーが次々と中央入りを果たし
JRAの騎手の力関係が大きく変化していくのである。


それまで2000年代前半のJRAは武豊中心に動いていた。
アンカツの中央入り以降、その流れに大きな変化が起こったのだ。
絶対的エースだった武豊は衰退し、JRAは群雄割拠の時代になった。


そんなアンカツも52歳。
日本競馬史上初めて地方・中央競馬で共に1000勝以上した
鉄人も毎週行われていたと言われる5kgほどの減量も
苦しくなってきたのかもしれない。

本人曰く「それほどきつくない」と言っていたらしいが
加齢による代謝の低下は減量を過酷なものにしていたのだろう。
(ちなみに武豊は2kg程度の減量をするらしい)

もうレースに乗ることは無いらしく
2月3日に京都競馬場で引退式が行われるようだ。


アンカツの馬と言えば・・・と言われても
彼の騎乗でG1馬になった馬が多すぎて困ってしまうほどだ。


今思い出せるだけでもビリーヴダイワメジャー
ダイワスカーレットブエナビスタキングカメハメハ・・・
かつての名馬達、今では立派な種牡馬や繁殖牝馬たちばかりだ。



↑95年の4歳牝馬特別。
安藤勝己とライデンリーダーのコンビが強烈な印象を残す。


そんな中でも敢えて一頭挙げろと言われれば
自分は間違いなくライデンリーダーの名前を挙げる。

95年の4歳牝馬特別(GⅡ)でのインパクトは強烈だった。
まだ公営・笠松所属だった安藤勝己の名前が一躍全国に
広がったレースでした。


これなら桜花賞(GⅠ)でも勝てるかもと思ったものでした。
結局、G1勝利はならなかったものの地方にもこんな強い馬が
まだいたのか・・・と衝撃を受けたものでした。


これも競馬ファンの間では当たり前の話なのですが
あの怪物オグリキャップも公営・笠松に所属していた頃は
アンカツが乗っていました。



安藤騎手は今後、調教師になることも無いらしいので
一介の競馬好きなおじさんになるのでしょうか。
しばらくは競馬メディアに引っ張りだこになるでしょう。


1976年の笠松でのデビューから37年間お疲れ様でした。



今夜は食欲無し。せっかく作った味噌汁(写真)は明日にしよう。
体重測定したら115キロになっておった。
こりゃマズイぞー。

仕事行って来ようっと。






安藤勝己自伝―アンカツの真実

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