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外国人騎手とステイゴールドと・・・2015/02/05 20:14

今夜も懲りずにすき家。


トン汁鮭定食→味噌汁にダウングレード+納豆追加。(707キロカロリー)
(累計707キロカロリー)

職場で

おにぎり推定400キロカロリー
セブンプレミアム生姜豆乳83キロカロリー
ポテトサラダ101キロカロリー
トータルで584キロカロリー
(累計1291キロカロリー)


夜勤明けて朝飯。

ちゃんぽん457キロカロリー
(累計1748キロカロリー)


あとはパスタサラダ378キロカロリー
(累計2126キロカロリー)

体重は122キロ。体脂肪率は38パーセント。


今日は雑用で実家へ。

実家のPCでJRAの2015年度新規騎手免許試験に
ミルコ・デムーロ(イタリア)とクリストフ・ルメール(フランス)が
合格したことを知った。

JRAにいよいよ外国人ジョッキー誕生だ。
それも世界トップクラスの実力を持った新人騎手だ。
日本の競馬はまた新しいステージに突入したらしい。


ここ20年ほどで日本の競馬、とりわけ中央競馬は随分変わった。
それまで中央競馬(JRA)と地方競馬(NAR)はクッキリと別れていて
制度的に馬も騎手も中央と地方を自由に行き来することは出来なかった。

この頃、中央競馬では関東では岡部幸雄、関西では武豊らが
中心となって第2次競馬ブームの真っただ中だった。

オグリキャップ、タマモクロス、トウカイテイオーや
ナリタブライアンなどの名馬たちの激闘に多くのファンが熱狂した。



そんな中央競馬に変化が生まれ始めたのが1995年。
いわゆる「交流元年」と呼ばれ、この年から中央競馬のG1競走が
地方所属馬にも開放されるようになった。

従来、かつてのオグリキャップ(公営・笠松→中央)のように
中央に移籍しなければ不可能だったGIへの出走が、指定された中央の競走で
指定着順以内に入った場合に限り、地方所属のまま可能となった。

「交流元年」の95年は笠松所属のライデンリーダーの活躍もあったが
その後の馬の活躍はほとんど聞かれなくなった。

競走馬のレベルでは中央競馬の競走馬は地方のそれを圧倒していて
地方・中央の交流レースも増えたけど、悲しいかな地方主催の
交流レースの上位を中央の馬で独占することが多かった。


競走馬のレベルで言えば地方は中央に圧倒される形になったけど
騎手のレベルではその逆の現象が起きはじめていた。

前述のライデンリーダーに騎乗していた安藤勝巳をはじめとした
地方競馬のトップジョッキーたちは馬乗りとして優秀だった。

交流競走に出走したついでに参戦した中央のレースで
地方所属の名手たちが勝つことが多くなってきた。
当初、違和感があった競馬ファンもそんな状況に順応するようになった。


中央競馬の調教師も地方から来た
「優秀な騎手たち」を見逃すはずがなかった。

勝ちに飢えた調教師のバックアップを受けた
技術の高い地方のトップ騎手達が高い賞金と刺激を求めて
中央に流れ込む形になっていった。

当初は「中央と地方の馬と人の交流」を意図したJRAの施策は
「地方競馬の人材の一方的な中央への流動」に伴う「JRAの肥大化」と
「地方競馬の衰退」の問題を孕みながら日本の競馬を変質させていく。

こういった経緯もあって安藤ら地方のトップジョッキーたちの
中央競馬での騎乗機会は徐々に増えて行った。
そしてこういった地方騎手たちも中央競馬に欠かせない存在になっていった。

こういった「世論」はJRAの制度すら変えてしまった。
2002年に安藤勝巳は地方騎手出身として初めて
中央競馬の騎手試験に合格しJRA所属の騎手となった。

内田博幸、岩田康誠、戸崎圭太・・・

その後、安藤の後を追うように地方のトップジョッキーが
次々とJRA所属の騎手になって中央競馬で大暴れ。
中央競馬の勢力図も激変した。

昨年(2014)のJRA所属騎手の勝利数のランキングを見ると
1位が戸崎圭太、2位が岩田康誠・・・元地方騎手のワン・ツーだ。
かつて最強を誇った武豊は8位である。






2015年はこれに加えて外国人騎手である。

ミルコ・デムーロはイタリアでリーディングジョッキーで
日本でもネオユニバースで皐月賞日本ダービーの2冠を制しているし
クリストフ・ルメールもハーツクライでドバイシーマクラシックを優勝するなど
二人とも世界レベルの騎手であり日本競馬にも精通しているのも脅威だ。

この外国人騎手二人と一緒に騎手試験に合格した新人騎手をはじめ
JRA所属の若手騎手ってますます勝つのが大変になるなぁ~って思う。

ただ今回の新人(?)外国人騎手2人の加入は
リーディング上位のベテラン騎手たちにとって脅威になるはずだ。
二人で年間に確実に100以上の勝ち星が持っていかれてしまうのだから。


新たな時代に突入した中央競馬・・・今年も注目だ。





競馬関係では悲報も届いた。
人気種牡馬・ステイゴールドが亡くなった。
(↑2003年当時のステイゴールド。北海道にて。)

現役時代はG1で2着が4回記録するなど「善戦マン」のイメージが強い馬でした。

でもこの馬は能力は相当高かったと思う。
2001年のドバイシーマクラシック(G3)でファンタスティックライトを
差し切った映像を見たときに「この馬、相当強い」と思ったことを覚えている。

国内のG1では何故か優勝できず「善戦マン」として
多くの競馬ファンから人気を博したステイゴールドの引退レースは
現役50戦目にして挑む国際G1である「香港ヴァーズ」。

この引退レースの鞍上は武豊。
このレースでステイゴールドは今まで見たことの無い剛脚を披露、
優勝で有終の美を飾って関係者はおろか多くの競馬ファンの涙を誘った。

ただオイラがこの馬で一番印象深いのは99年の秋の天皇賞(G1)だ。
当日、東京競馬場にいたオイラは職場の先輩に頼まれた
「スペシャルウィークとステイゴールドの馬連1点馬券」が見事に的中して大興奮。
(↑この組み合わせで150倍超の馬券になるとは・・・)

馬券を換金した時の札束にビビりまくったのが一番の思い出。
(↑オラの馬券では無いんですが・・・(汗))

種牡馬としても3冠馬のオルフェーヴルを筆頭に
ゴールドシップ、フェノーメノなど素晴らしい産駒が多数。
これからの活躍が楽しみだったのに…。

あの世でもお元気で。




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